田中空音の過去の俳句
| 1991年〜1994年
体の中にはあふれる程の空ばかりただ妻の胡麻を煎っている音ばかり 何もない何でもないでも生きる どうにもならんこの吹雪 川はいつも流れている 天才だ 山があり私がある 私があり山がある あるがままのすべてがいと おしい 山畑春日の下に我はなし 「死」って何、有るようであって無いものさ 夏の夜川の音そして永遠 ひまわりの咲ける 愛してるよ いも掘れば空空虚虚(くっくうこっこ)と鳩の鳴く 山里やじーっひじーっひと虫の鳴く 白日はひたすらありて道遠し 1995年 春ですねえ春ですねえと雪解水 ゆったりと春の流れがのしてゆく 形なき夕日沈みぬ街の春 猫がいて撫でられている春の午後 金色の正しき春の夕日かな 雪解けや土ほくほくと覗きけり 落花一片中空ゆっくり過りけり 陽を浴びて透きとおり咲くチュウリップ 水仙のひそと明るき谷の村 「私女王よ」木蓮み空に咲きにけり 沈黙の深まりゆきて草繁る 汗は流れ川音高く夏来たる 1996年 うかつです朝顔見ずに生きてます 炎帝は沈黙の神草揺れて 帚木も燃え上がるものの一つかな 木枯しの喚く谷なり鬼無里村 冬枯道一人ゆくとき祈りある 単純がいいな見上げる冬の月 軍足も我が生の友オリオン冴ゆ 凍星の音楽指揮者は一本杉 三千世界の中心に寝る冬の猫 1997年 冷めたコーヒーゆったりと年逝き給え 灰色の初空なれば祈り濃し 冬一日暮れゆき給え藷を蒸す 冬晴を大きく吸いて生き急ぐな 〈妻〉 春の雲少なくも我は愚かなり 大犬のふぐりの青が基本です 苦しければ当り前と嘯いて春野行く 妻は魔女四つ葉のクローバ見逃さない 雲行ったり来たり裏山笑ってる 落葉松の芽吹きの中を白い鳥 心おぼろを蝶過ぎゆけり初蝶が 斑雪野やあちこちの水キラキラす 春満月にびと笑っているようだ 春星や未来という美しき錯覚 箒星さよならの形崩さない かけのぼる春満月や鬼無里村 裏山に西日が奇麗だ帰ろうか 代掻きの夜の蛙は咆哮す 躑躅咲いて灰色のでかい空だなあ すかんぽの花を摘む人お利口さん 白アヤメとっても普通がその秘密 バラモンの如くに黄菖蒲ありにけり やすやすと猫ダニむしる妻である 蝉時雨じゅわーっと森のエキス 胴体を投げ出している晩夏かな 青葉闇祖霊ほほ笑みおる気配 向日葵や零点の答案落ちている 秋高し小豆などこぼしちゃったりして 神の遊び(リーラ)という言葉が好きで牛蒡引く 月明は柿泥棒にやさしかり 鳥は風の上で休むって知ってるかい オリオン等今夜はやけに溢れている シンバルの一打冬は朝日と衝突だ 涅槃の如く来てしまった雪が降りしきる 1998年 雪女ときには猛女のしかかる 雪晴れや燦々とわれ空腹なり 雪香る妻香る家に帰り来し 早春の画布象でもあふれさせようか 一休の一打が欲しい朧朧(おぼろおぼろ) 春深くあちこち蝶の触れられる 蛙の夜ビロードのごと深眠り 桃の花ぼってりと咲くぼってりと 満ち満ちよ黙し乱れる蝶のごと 金雀枝から見ればわたしって明るい 喜雨の夜ああ神々のほどけゆく 宝石のようだな夕日もかなかなも 〈悼 奥山甲子男〉 桔梗よわが暗澹をぬぐえぬぐえ 夕焼に対峙し何も誓わない ひぐらしの声澄み通りゆくひと日 やたらめったら蝶触れてゆく夏の草 小鳥一団くちゅくちゅと喋りながら去る 真はだかがとってもいいな虫の闇 まあ・まあうなだれてしまった向日葵さん 白壁にががんぼはりつくもキリスト 妻語る秋野はあおい青い空 禿頭の系譜にありて秋の風 鳥でありし日見し海色を碧という 赤茄子の腐れあらわに太陽光 白き満月びようびようと我狂いたし あうあうと吾も鴉も野分中 実存やからから乾く冬の星 涸れ川の石をめくって星探す ミルクのごと冬の朝日が体内へ 夢醒めて蝶に朝日は燦燦たり 〈愛犬の死 六句〉 摩る妻に愛犬笑みて逝きしかな 吹雪く日の穴堀り愛犬土に返す 犬眠り連翹はまた燃えるだろう 死にし犬よもの言わず生き死にし犬よ たっぷりと雪の沈黙召し上がれ 1999年 猫横に跳んでちらちら雪ちらちら 〈みのり二十歳になる〉 北風を見ないふりしている私 菜の花をどすんと活けて誕生日 孔雀歩く丘は静謐「私は誰」 マンモスという人の食べ物山河山河 むらさきの野の花小さなガラス瓶 歩いてゆくかこの夏果ての一本道 白蝶は白桔梗を振り返る 吹き渡れ黒南風汝自身であれ 眠りのなぎさ月が素足で来て歩く 人のごと倒れておりぬ大向日葵 マンモスや真赤に落ちる秋夕日 愛し愛し(おしおし)と鳴く蝉や晩夏の光 垂れわたる稲穂照りわたる太陽光 河骨や老人と子は光るべし 少年のあの炎天に帰りたい 空笑う南瓜が自慢でしょうがない 愛と呼ぶオオツノシカと月の会話 下腹に黄菊にほろと時雨かな ケサニワニサルガキタオレオッカケタ 蜜柑にぎるひんやり生がいとおしい 僕もかつて狐だった川へ下りる 2000 冬の木はムンクの少女春よ来い 散歩長し老子冬の日を愛す 蕗の薹人体は野に捨てるべし ハートスートラ白く輝く春の道 朝寝するわれに小鳥のabc マグダラのマリアかたかごの花一つ 行く春のうしろに永遠の泉かな 曲りなりにぐずぐず生きて来て夏野 繁茂する山独活の匂い生きよ 炎天や行ってしまったシェーン わたくしの死後の夏野の光かな 極太のくちなわ一本青野原 木苺を全部摘んだらどしゃ降り ふるえる葉体内にあり夏の雨 猛然と草刈るという透明体 朝日昇るまで朝の木は僕だった コスモスは花瓶にスマップはテレビに 句友(くゆう)達皆蜻蛉の浮遊感 怯えている廃墟の都市よ月白よ 銅色の巨象のごとき夏去りし ぎしぎしとシャツ一枚の大地かな 秋の日にあぶられ俺は人間か 明恵上人栗の実全部落ちました 2001年 運命への愛上等の鱈子食う 明けまして拾った雪を食ってみる ズダーズダー殺す力の冬の川 春の山山下清は歩くかな 山国の根源的な夏の月 やはり奇跡こんなに蛙等が鳴く アカシアの花から帰る散歩かな 初夏という美しきけもの庭の椅子 栗の花ぼくは宇宙の子供です いのちかな秋野は青い青い空 難民の子の眼球が地球かな 2002年 我は在る野よ走るなよ走るなよ 一休の禿頭カーンと冬の月 年越してなおも我らは地球人 しんと木しんしんと雪の木なりけり 雪また晴雪雪樅の木は誰か 白隠忌灰色の厚いああ空だ 頬被(ほおかむり)してうごめいて土になる 雪下ろすだんだん無口になってゆく 北風やバケツは走り回るかな カッと冬日しかし谷間は静かなり 裸木は体(たい)だ端的に体(たい)なのだ やわらかい手春の雨雨雨雨 ささやかれささやかれている芽吹の中 植田もビルも整然として神の病 てのひらよこぼれゆくのは五月雨か 山も河もあたたかい胎どうしよう 妻はビンにいろいろと野を生ける 行き当たりばったり僕の夏野です この谷の神話のごとく大根咲く 妻がはっしと蝿をつかんで初秋や 晩夏かな男は光る海を見る 魚一匹跳ねました 僕って何 2003年 ウィンウィンと切れば樹液がまさに水だ とくとくとく尿雪の上とくとくとく 冬青空は一枚のはがきかな 裾花川流域風に吹かれて冬の散歩 水の音そして水音冬の散歩 目を瞑るひらいてつむる春野道 ツツピーツツピーやあ蕗っ玉の空青し 砂嵐ガンマンブッシュ朧なり 雪国はものの芽とてもほやほやす 延延の快楽快楽(けらくけらく)と蛙鳴く 芭蕉という空蝉一つありにけり ダンボール人(びと)の足元蟻の道 〈ビルから投身せし人の母のメール〉 ダンボール人ともならず麦の秋 死ねば夕日生きていしかば戦けり 生きるとは夕日担いで丘に登る 午後ずっと木など燃やして深き秋 リズムだ 何が たとえば秋桜の日に咲く キラキラの秋野の上へへたり込む 母よ母よと秋の水面のあちらから 芭蕉という生もありしが枯野かな 枯木からゴスペル聞こえくることも 木の骨は明るく燃えて冬の暮 年が行く百代の過客は湯に居る 石鹸がすべった年は逝っちまった 2004年 〈劣化ウラン弾〉 土俵入りの形で春を迎えけり 鳥雲に入る経文の如くなり アカシアの花を摘むとき日は陰る 沈黙を過ぐ沈黙の白き蝶 川は八月一日も光っていた 麦藁帽の凹みを見ているだけの午後だった ----------------------------------------------- 母の死(16句) 〈訃報〉 月見草群咲く朝に母の訃報 八月の樹々は光りて母逝けり 母死ねど大根も蒔かねばと思う ははきぎの母は逝きけりははきぎの ははきぎは母に似し草涙はしる 地を覆う葛の命に母逝けり 青栗の山路を後に亡母のもとへ 〈屍室〉 母と我二つの死体屍室 尿意とは温かきもの屍室 屍室死という謎と横たわる 空腹のもはや無き母ビールを飲みまする 母よ出で来てビールなど飲み給え 糖尿の母なれば饅頭などもよろし 〈実家〉 母の死後庭の笹葉の靜かな 笹茂る無言の光庭に満ち 〈山家に帰りて〉 「理想持ち地に立て」と母は言いしか大根蒔く ----------------------------------------------- 時には家の無い子のように蝉時雨 桶の水静かにあふれ秋日強し 洗面器あふれる如き良夜かな 細道で芭蕉蜻蛉に取り巻かれ 美しく野が攻め込んで来る秋の庭 夕日という液体の中藷を掘る 草一本右に左に風の秋 命凄し墓も畠も葛だらけ 墓は真葛野いのちの青の空の下 母の死体 そいつあ借り物だと思う 光る雲一つがたより牛蒡掘る 「旅人」とつぶやく落葉絶えまなく 道のべの花に祈りを一休忌 俺の墓を立てて十二月と書こう 鴉かあかあいのち恋しや夏の月 ゆで卵きれいにむけて冬光る 少年の涙は遠い白い山 死は幻想時雨の中に肥を汲む 片足で立てば時雨は光るかな 2005年 影がゆく野をゆく明るい雪の野だ 太平洋と言って湯に入る大晦日 湯の熱と体内の情熱(ねつ)年跨ぐ 何気なくなにげに日本枯ススキ 土間口に雪の朝日と妻と犬 美しく遊んでいるか空音忌 涙して愉悦のうんこああ海亀 やりっぱなしの美学の如き野糞かな ぞくぞくっとして二ン月の風とまぐわう 二ン月月の少女が集う窓ガラス 早春や少女胡座で沢庵食む 白鳥の溜り場なれば寄っていく 厠窓春はいずこと老の顔 誇らない生を生きたし青菫 春の陽に雪縮みゆくざまあみろ 早春の白く震える満月や 三月という入口に立ついつも入口 三月の魔法にかかり散歩する 早春やうんち仄かに香しい ケータイからケータイへ心のふるえ 君の瞳(め)に春の雪ほどのためらい 川はしゃべくり雲はのんびりああ春だ その女夕日の中にイエスという 鬼無里村大字日影菜の花盛り 山笑うと見れば笑った春の山 光線がくるくる春の便所かな 我が輩の頭のようだ斑雪山 離れきていまだ聞こえる雪解川 草摘む斜面川は轟音大曲がり 肉の疲れは沢庵のごとありて眠 ちょっと休んで犬と咬みあう春の耕 菜の花やその夜たっぷり湯をこぼす 猫がくる小鳥くわえてうれしく来る ステップしながら歩くのは誰新緑の中 桜過ぎぼってり桃の花の鬱 蛙の夜時計が急におもちゃと化す 老鶯の歌果てしなく日も高し 風に開く一本の木あり夏暁 浄土穢土わらいつづける田の蛙 正方形長方形青田の中の麦の秋 能面のごとき旱のつづきおり 〈精神病の友〉 え、何か言った、立葵 少年や転がっている丘の自転車 「みどりのからだ」と幼子がいう地上 老人に憧れありて山滴る どくだみの花一面の癒しかな 夕暮れの白立葵の黙想 地上かな万緑霊歌の中に立つ 時計を止めたのは誰なのヒメジョオン 眼病の姉の手紙や昼ひぐらし 声ひそめ話されて居る蝉時雨 日本海は寝釈迦なぎなぎなぎ 忘れっぽい天使の睫毛ねむの花 ふりしぼり鳴く蝉病院の屋根あたり 夕立後一刻の寂裏通り 裾花川(すそばな)を蛇一人行く秋出水 秋の蛇集中豪雨がまた来るぞ 寝ころべる一茶を冷やす新涼や 禁欲やみんみん蝉は鳴きにけり 青栗落つ悲しきことはなかりけり 湧き上がり又湧きあがる蝉の声 何も知らない私が一人すでに秋 あたり中秋の声して一人なり 秋天の屋根に登りて一人なり ペットショップに月に吠える犬一つあり 慟哭の夏は果てゆく韮の花 秋の畑突っ切ってゆく猫眺め居る 月を見て子供の如くあくびする 禁欲に深き欲あり溝蕎麦よ きれいな月だ旨そうだ水が流れる 野の花の眠りに出会う秋暁 時々人がいなくなつて蝉時雨 裾花水系立羽蝶遊ぶ秋 秋の屋根錆をごりごり落しけり 泡立草黄婦人として谷に来し 月と星共に旅ゆく樅高し 朝焼けを見てまた眠る露の家 あっあっと鴉が鳴くよ秋信濃 どっと露どっと朝日や草っ原 木枯の先回りする帰山かな 木枯や赤散る黄散るわたし散る 日や徐々に素知らぬ顏の冬来たる 明けの樹は神話の如く葉を落す 創世記に踏み入る如き黄落や 残菊や蜜の如くに日の溜る 日の混じる落葉浴びけり終末あるや 雪の木に人切長の眼を閉じる 大根は常に喰ふべし冬銀河 人のみが地獄見つめる冬の花 王の如くに秋の畑を逍遥す 「存在」と発語す雪の毛物山 希望というほの桃色の吹雪かな 黙という光の小部屋雪を掻く まわり中雪のからだばかりかな 雪つづく日々の暾(あさひ)や實母散 大晦日白黒テレビしんしんしん 2006年 乳の流れと受けとるばかり雪の陽を 掌に包む缶コーヒーや寒波来る せりなずなすずなすずしろ万葉仮名 時計屋に大根提げて入りけり 裏山はしずり汗掻くしずりしずり 雪上の星々人は茶水汲む 黒人霊歌黒人霊歌(ごすぺるごすぺる)雪山雪の山 寝そべって泣きたくなるよ樹霜樹林 飲むも入るも冬川は冷たいんだ この道や大根の葉も落ちている 豆を煮るその泡の中小さな神 春の日や信濃の地蔵眼をつむり 美しいが立ち止まらない冬夕焼 斑雪(はだら)の峡を犬と歩くや燦々と 啓蟄や背中掻くため外に出る 雨つづく春の階段おりてゆく 探している絵具のチューブ春の風 躓いて春だと思う不思議かな 何もない春さざ波の子等遊ぶ 鬱の風菜の花そしらぬ顔をする 梟は私で私は梟で眠る 蛇穴を出づ猿の惑星だった 山中(やまじゅう)の木の根開く見ゆ歓喜仏 〈愛と死を見つめて〉 春の葬死人をよそにさんざめく 野の水野ざらしこんこんと春の星 ひきこもりの白いノートに春の風 ひかり食べ風に散りゆく桜かな 芽吹きの中ささやきかけてくるは誰 春河の水光(みで)りは海へのあこがれ 葱苗に腹が減ったと言っている 春水落つ流れまた落ちにけり 犬ふぐり群落見えて墓も見える |